研究目的

研究の背景と目的

 認知の科学は,「意識の科学」として始まったと言える。R. Descartes は,人間だけが生得的に理性を持つとしたが,その理性の前提には,「我思う」という「気づき」,すなわちみずからの思考に対する意識があった。実験心理学の創始者 W. Wundt は,意識に上る考えを分析対象とした。認知科学創設の立役者の一人 H. A. Simon らは,認知過程を探るために発話思考法を用いたが,無意識的過程を言語報告するのは困難であることから,データはやはり意識的過程に依存していた。

 無意識的過程の重要性が正確に認識され始めたのは,比較的最近のことである。適応的合理性 (Anderson, 1991),身体指標仮説 (Damasio, 1994) ,適応的道具箱 (Gigerenzer, Todd, & ABC Research Group, 1999),適応的無意識 (Wilson, 2002),注意なしの熟考 (Dijksterhuis et al., 2006) などの概念は,自動的・直感的な行動こそが適応的で,むしろ意識的に「熟考する」理性に勝ると主張する。

 意識的過程と無意識的過程という二重性が最も顕在化するのが,創造的活動であろう。よいアイデアが突然湧いてくるという感覚は,意識的過程のアクセス可能範囲の限界と強く関係している。意識上では「何も考えていない」としても,無意識的・漸進的に進行する過程が解決へと導き,ある時点で洞察として急に意識にのぼるために突発性が知覚される (e.g., Ohlsson, 2011)。

 本研究の目的は,創造的問題解決過程において,潜在認知と意識的コントロールがそれぞれどのような機能と役割を担っていて,両者が協調的に機能するのか,それとも場合によっては競合的に働くのかを明らかにすること,そしてそれはなぜかを検討することである。この目的のため,本研究プロジェクトは,以下のような研究課題とそれを達成するサブ・プロジェクトによって構成される。

潜在認知と意識的コントロール

研究課題とサブ・プロジェクト

 本研究は「相互作用プロジェクト」と「潜在表象プロジェクト」という二つのプロジェクトと「研究法開発」というプログラムによって構成する。

相互作用プロジェクト — Iプロジェクト —

 創造的過程において,潜在認知は重要な役割を果たしている。このことは,たとえば芸術家が自らの創作過程の詳細を語ることができないという事実からもわかる。一方で,意識的・継続的努力や意図的方略,メタレベルの動機づけなどが創造の過程に大きな影響を与えるのも事実である。潜在認知と意識的コントロールは,いずれも創造的過程において重要であるが,両者の関係は単純ではない。そこで,本プロジェクトでは,準備性と認知資源拡散に着目して,潜在認知と意識的コントロールの機能とそれらの相互作用を明らかにする。

潜在表象プロジェクト — Rプロジェクト —

 意識的にアクセスできない情報の呈示が,問題解決のパフォーマンスを大きく変えることがある。しかしこうした無意識的な情報は,認知機構のどこに存在しているのであろうか。問題解決に関わる情報は,一般的にワーキングメモリ内に存在していると考えられているが,そうした情報は,通常,意識的なアクセスが可能であるとされている。よって,潜在的情報の貯蔵庫とするには概念規定の変更が必要になる。あるいは,別の貯蔵庫の仮定が必要かもしれない。本プロジェクトでは,この問題について実験的に明らかにし,包括的な問題解決のモデルの構築を目指す。

研究法開発プログラム — Mプログラム —

 創造性研究のためには巧妙な課題が不可欠であるが,従来の研究でよく用いられてきた課題ですら,課題自体の性質(難易度や特性など)について知られていることは十分でない。そこで,課題の標準化などを系統的に実施して有益な研究法の開発を目指す。

文献

  • Damasio, A. R. (1994). Descartes' error: Emotion, reason, and the human brain. New York: G.P. Putnam.

  • Dijksterhuis, A., Bos, M. W., Nordgren, L. F., & van Baaren, R. B. (2006). On making the right choice: The deliberation-without-attention effect. Science, 311, 1005–1007. doi: 10.1126/science.1121629

  • Gigerenzer, G., Todd, P. M., & The ABC Research Group (1999). Simple heuristic that make us smart. Oxford, UK: Oxford University Press.

  • Ohlsson, S. (2011). Deep learning: How the mind overrides experience. New York, NY, US: Cambridge University Press.

もっと詳しく:「よいアイデアが生まれるとき,生まれないとき」(立命館大学人間科学研究所『人間科学のフロント』より)