日本心理学会2020年大会(東洋大学)・公開シンポジウム
人間,この見惚るるもの(幻覚に対する発達心理学):イマジナリー・コンパニオンからレビー小体型認知症まで
(Seeing things that others can’t: Some psychological perspectives on hallucination)
武藤 崇先生(同志社大学心理学部),森口佑介先生(京都大学文学部),板倉昭二先生(同志社大学赤ちゃん学研究センター)ご企画

指定討論1 るる
このページのURL http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/nisshin2020.html

北岡明佳(立命館大学総合心理学部)


●武藤先生の話題提供へのコメント

下記について、私がコメントするだろう、とのことでしたので、コメントします。

Rees, G. (2014). Chapter 3 Hallucinatory aspects of normal vision. In Collerton, D., Peter, U., & Perry, M. E. (Eds.), The Neuroscience of Visual Hallucinations. Wiley. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/book/10.1002/9781118892794

この本のこの章は、錯視の話であって、幻覚のことは何も言っていないように見えます(話の導入に使っているだけのようだ)。グレゴリーの錯視の分類(Gregory, 1997)をかいつまんで紹介して、関連した神経生理学の論文をレビューした構成のように見えます。グレゴリーが実は何か踏み込んだことを言っていたことを期待したのですが、そうでもないようでした。おそらくは、「幻覚と錯覚は何か関係がある」と直感した編者が、この著者に執筆を依頼したのでしょう。視点を変えて、「幻覚と錯覚は何か関係がある」と直感するのはなぜか、というところは興味深いテーマと思いますが、いかがでしょうか?


●森口先生の話題提供へのコメント

誰でも聞きそうなことで恐縮ですが、「『パンデミックと空想の友達』のところで、8歳や9歳も Before よりも During の空想の友達の頻度が増加しているようなのですが、これはどのように解釈されますか?


▶錯視(視知覚における錯覚)とはどのようなものかを、お示しします。まずは、古典的な幾何学的錯視(形の次元の錯視)から。

古典的な幾何学的錯視の例。(a)ミュラー=リヤー錯視。上下の水平線分は同じ長さであるが、下の方が長く見える。(b)エビングハウス錯視。リングの中の円は左右同じ大きさであるが、大きい円のリングに囲まれた左の円よりも、小さい円のリングに囲まれた右の円の方が大きく見える。(c)ボンゾ錯視。Λや<の頂点に近い方に置かれた対象が大きく見える。具体的には、2本の水平線分は同じ長さだが、上の方が長く見える。2つの円は同じ大きさだが、左の方が大きく見える。(d)ポッゲンドルフ錯視。2つの斜線は一直線上にあるが、右の斜線の方が上方に変位して見える。(e)ツェルナー錯視。垂直より反時計回りに45度傾いた黒い線は互いに平行だが、交互に傾いて見える。交差する短い線との交差角度の過大視の現象である。(f)へリング錯視(湾曲錯視)。水平線分が曲がって見える。上の線分は上に凸、下の線分は下に凸に見える。(g)ミュンスターベルク錯視。白と黒の正方形の列を図のようにずらして配置し、列の境界に線分を描くと、図ではそれらは水平であるが、交互に傾いて見える。本図のように線が灰色の時は、カフェウォール錯視(Café Wall illusion)と呼ばれることが多い。(h)フレーザー錯視。垂直より反時計回りに45度傾いた仮想線に沿って短い斜線の列が描かれているが、列の傾きは短い斜線の傾きの方向に変位して見える。ツェルナー錯視とは逆の錯視である。(i)フレーザー錯視の渦巻き錯視。フレーザー錯視では、傾いて見えるのは線分であるが、傾いて見える対象を円状に配置した時に観察できる錯視である。具体的には、同心円が渦巻きのように見える。


▶以下、錯視刺激いろいろ


(sRGB, α = .48)

「赤く見えるいちご」

すべての画素(ピクセル)はシアン色近辺の色相である(= 対象の「真の性質」)が、イチゴは赤く見える(= 対象の視知覚)。加法色はシアンで、透明度(アルファ値)は48%の加法的色変換。一方、イチゴが赤く見えることは、色の恒常性の働きである。この場合、本来知覚されるべきは「赤いイチゴ」であり、その文脈では「対象の真の性質」は各画素が表現しているはずの「色」(ここでは灰色や灰色に近いシアン色)ではない。知覚は、必ずしも物理的刺激に一対一対応した像ではないのである。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2017 (September 2)



「竹林」

ゆらゆらして見える。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2014 (January 5)


フットステップ錯視の例

青と黄の長方形は、等速で左右に動いているが、速度が速くなったり遅くなったりして見える。

A demonstration of the footstep illusion. Blue or yellow rectangles (20 pixels wide) move horizontally back and forth at a constant speed (1 pixel per each 30 ms) across a vertical grating made up of black and white stripes (10 pixels wide for each stripe), but they appear to move fast or slow like a footstep motion.

Anstis, S. M. (2001). Footsteps and inchworms: Illusions show that contrast modulates motion salience. Perception, 30, 785–794.


▶Rees (2014) では、幻覚の話と結びつきそうな錯視(ないものが見える現象)を選んでレビューをしていましたが、以下、同様な錯視を紹介します。

「錯視黄光背のハート」

錯視的黄色がハートの周囲に見える。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2020 (March 28) (uploaded July 10, 2020)


「光療法 2018」

光って見える。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2018 (June 20)


「RGBで白と黒」

左の絵の髪と服は白く見え、右の絵では黒く見えるが、同じRGBの縞模様である。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2016 (August 15)


▶逆に、あるものが見えない、という錯視も可能です。(幻覚とは逆で、〇〇無視のアナロジー)




自分の顔でやると楽しいかもしれない。

「なかなかわからない北岡」

北岡が見えるかも。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2015 (October 7)


▶イマジナリーフレンドのような個人差のある錯視(見える人と見えない人に分かれる)を2例挙げて、おしまいです。

色立体視(色依存の両眼立体視)のデモ

赤が手前に見える人(多数派)、青が前に見える人(少数派)、それらが交替する人、そのような奥行き効果はない人に分かれる。

Kitaoka, A. (2016). Chromostereopsis. in Ming Ronnier Luo (Ed.), Encyclopedia of Color Science and Technology, Vol.1, New York; Springer (pp. 114-125). Web

How do you see this image?

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) November 14, 2019

ランドの二色法(色の錯視)のデモ

Eでは、電車の車体は青く見えるが、この画像はすべて赤の画素でできている。


Please vote.

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) 2019年5月5日

Do you see illusory green?

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) 2019年5月9日

Do you see illusory yellow?

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) 2019年5月9日

Do you see illusory red?

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) 2019年5月9日

Do you see illusory purple?

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) 2019年5月9日

Do you see illusory blue?

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) 2019年5月9日


結論というか感想: 幻覚も錯覚も知覚現象で、不可逆的であり(意思や思考や学習で変えられない)、いわば「間違い」の一種であることから、よく似ているのであるが、幻覚は病的、錯覚は健常的であるという明確な違いがあり、なかなか両者の研究が歩み寄るのは難しかった。ところが、イマジナリーフレンドは幻覚でありながら健常的であるということから、今後の幻覚・錯覚研究の発展の要石となる可能性がある。



企画趣旨
「他人には見えないものが見える」、つまり幻覚という現象は、通常、異常なものとみなされることが多い。また、たとえ「見える」ことが許容されたとしても「何がどのように見えているのか」という知覚内容が重要視される。さらに、「なぜ見えるようになるのか」という機序についても脳機能の機能不全に還元されがちである。しかし、近年の研究知見では、幻覚は、人間の「多様性(diversity)の証左である」と捉えられるようになった(たとえば、幼児期に見られるイマジナリー・コンパニオンなど)。また、レビー小体型認知症における幻覚を訴える行動の生起頻度が、心理・社会的要因によって大きく影響を受ける(つまり、幻覚の生起が脳機能の不全に還元できない)という事例も報告されている。そこで、本シンポジウムでは、幻覚という現象に対して、研究領域横断的に再検証し、人間の新たな側面と可能性を探究することを目的とする。
   
発表要旨(武藤先生)
本発表の目的は、本シンポジウムの企画主旨を述べることである。具体的には、「人間とは見惚るる者である」、換言すれば「人は“まぼろし”を見てしまう存在である」として捉え得ることについて、従来の研究知見と近年の研究知見を対比させながら実証的に論証していく(たとえば、健康な成人における幻覚の生起に関する疫学研究やレビー小体型認知症における幻覚に対する薬物療法の効果検証研究など)。

発表要旨(森口先生)
イマジナリーコンパニオンは子どもの空想上の友だちであり,目に見えない友だちと,ぬいぐるみのように物体ベースの友だちがいる。本発表では,イマジナリーコンパニオンの生起に影響を及ぼす要因(年齢,性別,家族構成等)や,イマジナリーコンパオンが子どもにとってどの程度リアリティを持つのかについて,発表者らの実証的な研究に基づき報告する。

登壇者(敬称略)
 司会:板倉昭二(同志社大学赤ちゃん学研究センター)
 話題提供者1:武藤 崇(同志社大学心理学部)
 話題提供者2:森口祐介(京都大学文学部)
 指定討論者1:北岡明佳(立命館大学総合心理学部)
 指定討論者2:沼田悠梨子(筑波大学附属病院認知症疾患医療センター)


2020年7月28日より


トップページ