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marumo50の略歴


 
ブランク姓名望月昭(もちづき あきら)
ブランク住所京都市北区等持院北町56-1、立命館大学文学部内
ブランク電話個人研究室:075-466-3189
ブランクFAX個人研究室:075-466-3189
ブランクE-address: mochi@lt.ritsumei.ac.jp
ブランク出身地ダミー東京都文京区
ブランク最終出身校慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程
ブランク学位博士(心理学)



 文京区立誠之小学校、第六中学校、都立小石川高校卒。武蔵予備校で苦節1年浪人。JR大塚駅前ラブホ正面にあったこの予備校で はあまたの有名学者に授業を受けましたが、とりわけ、かのMr.万葉集の中西進先生の現代国語と古典の授業では、授業中に中西先生の 顔を鏡で照らしたという身に余る(?)嫌疑を先生から受けつつも(ほんとに偶然、腕時計の光が先生の顔を照らしただけなんですが 結構時間をかけて叱られた)その人間わざとも思えないブリラントな語り口に毎時間級友と痺れていました。
 しかし痺れただけで国語力は身につかず、翌年、当時の池田弥三郎文学部長の英断で「英語」と「社会」の2科目のみで受験できた 慶應義塾大学文学部に入学(といっても補欠入学。後にやはり国語のできない学生は伸びないという結論が出たせいかまた試験科目 に国語は復活したようであります)。
  慶應義塾大学では2年生の時に専攻が決まりますが心理学専攻に進学。人生で一番勉強したのは学部3年の時で、佐藤方哉先生の 「行動とawareness」に関する特殊講義で紹介されたすべての論文を級友と読み込むという作業を通じて「ハトは餌をもらえると思って キーをつつくのではない」というコペルニクス的認識の転換を経験。がそれでも、ヒトの学習は別ではないか、動物もあるいはヒトと 同等の学習をする場合があるのでは、という未練があり、卒論と修論ではハトを使った「観察学習」の実験をしておりました。 その傍ら、幼児を対象とした観察学習も先輩と定期的に行いました。その間、早稲田大学の春木豊先生のグループでも勉強させてもらい ました。初めての学会発表はM1の時の動物心理学会で、その後はしばらく幼児を対象とした発表を、教育心理学会、日本心理学会に マメに発表していました。修士課程、博士課程ではあまり勉強したという記憶はなく、ハトのshapingをしながら、壁テニス連続7時間 といった離れ業的身体鍛錬に明け暮れていました。
  博士課程修了後、約3年間、助手として日吉で一般教養の授業を担当していました。その時、ダウン症および自閉症の児童に接する 機会に恵まれ、現慶應義塾大学教授の山本惇一先生(当時はただの”ヤマモト!”)などと日吉の心理学棟の廊下などでセッションした ものです。研究費も乏しく、秋葉原で買った古い白黒の監視カメラなどで撮影したりしていました。この助手時代に、佐藤先生の引率 のもとミルウォーキーで開かれたABA大会に、初渡米(初海外旅行)で初英語発表という身の程知らずの体験をし、カンサス大学の ベア教授、シカゴ大学の行動薬理研究室なども訪問・見学という体験をしました。またこの助手時代に、日本心理学会でSkinner大先生 の訪日もあり、その時の記念講演であった「罰なき社会」は一生のテキストです
  その後、愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所能力開発部に、様々な方々の口利きとお世話によって就職。以後15年間、コロニー の利用者の人たちを対象とした実践的研究を行ってきました。スローな研究が多く、最初の研究論文も3年ほど継続した実践内容 を方向したものでした。
それ以降、聴覚障害と知的障害を併せ持つ成人の言語行動獲得に関連する実験論文、重度の障害のある個人の選択決定などの研究を 続け、そうした実験的・実践的経験から、「ノーマリゼーションの行動的展開」「行動的QOL」「援助・援護・教授という対人援助の機能分析」 などについての研究をすすめてきました。

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