|
2つ以上のものを同じとみなすこと(同一性,等価性)や,異なるものの間に類似性を感じとることは,われわれの認知の根幹をなす重要な能力である. この世の中には,厳密な意味で完全に同じものは存在しないため,同一性や類似性の認識のためには何らかの抽象化が不可欠である. このような能力は,カテゴリー化はもとより,語彙獲得や類推,帰納,演繹などの推論にも不可欠なものである. このような能力は,比較認知研究や発達研究において調べられてきた刺激等価性と関係が深い. 弁別学習における刺激等価性の一つである対称性とは,「A(見本刺激)→B(比較刺激)」の学習によって「B→A」の関係が獲得されたときに成立したとされる性質である. 興味深いことに,対称性は,ヒト以外の動物には獲得が困難であることが知られている.たとえば,実物のリンゴを見たら「リンゴ」と書かれた方のカードを選択する訓練を受けた後,今度は逆に,「リンゴ」カードを見てリンゴの方を選択することができたとすると,そのとき対称性が成立したという. このようなラベルと対象の関係は,ヒトの幼児は容易に学習できるが,動物での成功例は極めて限られている. このことから,対称性と,言語,特に語彙獲得との関係が指摘されている. この関係は,語彙獲得のパラドックス的性質を考え合わせると,さらに示唆的である. 幼児は周囲の大人が使用していることばを聞いて語彙を学習するが,環境から得られる情報のみから語の意味を帰納することは,原理的に不可能である. それにもかかわらず,人間の幼児が驚異的なスピードで語彙学習が可能になるのは,何らかの制約を利用しているためだと考えられている. 対称性バイアスは,そのような制約の有力な候補の1つである. 対称性は,人間の推論の様々な側面とも関係がある. たとえば,演繹推論研究では,条件文が双条件文に解釈される傾向があることが古くから指摘されてきた. すなわち,「もしPならばQ」という条件文は,その逆の「QならばP」と解される傾向がある. これと関連して,統合失調症の患者には,述語的同一視の誤推論が見られることが知られている(Von Domarus の原理). これは,「私は処女である」,「聖母マリアは処女である」,よって「私は聖母マリアである」というタイプの推論であるが,前提に対称性を仮定することによって導かれると考えることが可能である. これは,ギリシャ時代から知られている不周延中名辞の誤謬(fallacy of undistributed middle)であり,その意味では特殊な推論ではない. この他にも,類推,因果推論,確率判断,仮説検証などにおいても,潜在的に対称性が関係していることが示されており,対称性の仮定が,外界の効率的な認知に寄与している可能性が示唆されている. さらに,対称性は意思決定とも関係がある. 選択肢に関する情報は決定の前提となるが,その情報を収集するかどうかも含めて意思決定しなければならない状況では,情報の正確さを高めるための探索行動と,高報酬を獲得するための知識利用行動の間にトレードオフが発生する. このような「探索と知識利用のジレンマ(exploration-exploitation dilemma)」状況においても,対称性を伴う推論が有効であることが示されている. 以上の知見を統合してみると,対称性は,人間の認知・行動の範囲を制約しているが,同時に,その制約が何らかの認識論的利得をもたらしているという可能性が見えてくる. しかし,上のような個別の問題どうしが,お互いにどのような関係にあるのか,現時点では明らかな経験的証拠はない. もしかしたら,関係があるように見えるだけで,ほんとうは別のことがらなのかもしれない. そこで,異分野の各問題間の「等価性」や「類似性」について,互いに生産的に議論し,今後の研究の方向性を探っていきたい.
(服部 雅史・篠原 修二)
|
| 「思考と言語獲得における対称性」 企画責任: 服部 雅史(立命館大)・篠原 修二(アドバンストアルゴリズム&システムズ) |
|||
| 発表者(発表順) | タイトル | スライド | 予稿集論文 |
|---|---|---|---|
| 服部 雅史(立命館大) | 等確率性仮定:推論と判断における対称性 | [PPT 1.15MB] | [PDF 913KB] |
| 中野 昌宏(大分大) | 無意識の思考における対称性 | [PPT 356KB] | |
| 篠原 修二(アドバンストアルゴリズム&システムズ) | 2本腕バンディット問題における因果推論の有効性 | [PPT 214KB] | |
| 岡田 浩之(玉川大)・今井 むつみ(慶應大) | 語意推論の基盤となる能力としての刺激等価性 | [PPT 2.34MB] | |
| 山崎 由美子(理化学研究所) | 対称性の生物的由来 | [PPT 2.54MB] | |
日本認知科学会第24回大会プログラム [PDF 3.72MB]
日本認知科学会第24回大会ホームページ
日本認知科学会ホームページ
| 特集タイトル | 対称性:思考・言語・コミュニケーションの基盤を求めて(仮題) |
| 担当編集者 | 服部 雅史(立命館大学)・山崎 由美子(理化学研究所) |
| 事前エントリー | 2008年1月25日(金)必着 (タイトル,著者名,アブストラクト400字) |
| 投稿締め切り | 2008年3月14日(金)必着 |
| 投稿資格 | 著者のうち少なくともひとりが認知科学会の会員であること(入会手続き中も可) |