日本理論心理学会第66回大会
講演 <理事会企画> 統一テーマ: 心理学理論の楽しみと有用性
開催期間: 2020年12月19日(土)・20日(日)
(オンライン視聴可能期間:2020年12月7日(月)-12月20日(日))
開催校 帝京大学

講演1 
北岡明佳(立命館大学総合心理学部)

このページのURLは、 http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/rironshin2020.html

2020年11月10日より


▶錯視(視知覚における錯覚)とはどのようなものか、たとえば、古典的な幾何学的錯視(形の次元の錯視)の例はこちら。

古典的な幾何学的錯視の例。(a)ミュラー=リヤー錯視。上下の水平線分は同じ長さであるが、下の方が長く見える。(b)エビングハウス錯視。リングの中の円は左右同じ大きさであるが、大きい円のリングに囲まれた左の円よりも、小さい円のリングに囲まれた右の円の方が大きく見える。(c)ボンゾ錯視。Λや<の頂点に近い方に置かれた対象が大きく見える。具体的には、2本の水平線分は同じ長さだが、上の方が長く見える。2つの円は同じ大きさだが、左の方が大きく見える。(d)ポッゲンドルフ錯視。2つの斜線は一直線上にあるが、右の斜線の方が上方に変位して見える。(e)ツェルナー錯視。垂直より反時計回りに45度傾いた黒い線は互いに平行だが、交互に傾いて見える。交差する短い線との交差角度の過大視の現象である。(f)へリング錯視(湾曲錯視)。水平線分が曲がって見える。上の線分は上に凸、下の線分は下に凸に見える。(g)ミュンスターベルク錯視。白と黒の正方形の列を図のようにずらして配置し、列の境界に線分を描くと、図ではそれらは水平であるが、交互に傾いて見える。本図のように線が灰色の時は、カフェウォール錯視(Café Wall illusion)と呼ばれることが多い。(h)フレーザー錯視。垂直より反時計回りに45度傾いた仮想線に沿って短い斜線の列が描かれているが、列の傾きは短い斜線の傾きの方向に変位して見える。ツェルナー錯視とは逆の錯視である。(i)フレーザー錯視の渦巻き錯視。フレーザー錯視では、傾いて見えるのは線分であるが、傾いて見える対象を円状に配置した時に観察できる錯視である。具体的には、同心円が渦巻きのように見える。


▶以下、錯視刺激いろいろ


(sRGB, α = .48)

「赤く見えるいちご」

すべての画素(ピクセル)はシアン色近辺の色相である(= 対象の「真の性質」)が、イチゴは赤く見える(= 対象の視知覚)。加法色はシアンで、透明度(アルファ値)は48%の加法的色変換。一方、イチゴが赤く見えることは、色の恒常性の働きである。この場合、本来知覚されるべきは「赤いイチゴ」であり、その文脈では「対象の真の性質」は各画素が表現しているはずの「色」(ここでは灰色や灰色に近いシアン色)ではない。知覚は、必ずしも物理的刺激に一対一対応した像ではないのである。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2017 (September 2)



「竹林」

ゆらゆらして見える。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2014 (January 5)


フットステップ錯視の例

青と黄の長方形は、等速で左右に動いているが、速度が速くなったり遅くなったりして見える。

A demonstration of the footstep illusion. Blue or yellow rectangles (20 pixels wide) move horizontally back and forth at a constant speed (1 pixel per each 30 ms) across a vertical grating made up of black and white stripes (10 pixels wide for each stripe), but they appear to move fast or slow like a footstep motion.

Anstis, S. M. (2001). Footsteps and inchworms: Illusions show that contrast modulates motion salience. Perception, 30, 785–794.


「錯視黄光背のハート」

錯視的黄色がハートの周囲に見える。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2020 (March 28) (uploaded July 10, 2020)


「光療法 2018」

光って見える。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2018 (June 20)


「RGBで白と黒」

左の絵の髪と服は白く見え、右の絵では黒く見えるが、同じRGBの縞模様である。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2016 (August 15)


拡大図


▶逆に、あるものが見えない、という錯視も可能である。




自分の顔でやると楽しいかもしれない。

「なかなかわからない北岡」

北岡が見えるかも。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2015 (October 7)


色立体視(色依存の両眼立体視)のデモ

赤が手前に見える人(多数派)、青が前に見える人(少数派)、それらが交替する人、そのような奥行き効果はない人に分かれる。

Kitaoka, A. (2016). Chromostereopsis. in Ming Ronnier Luo (Ed.), Encyclopedia of Color Science and Technology, Vol.1, New York; Springer (pp. 114-125). Web

How do you see this image?

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) November 14, 2019

▶錯視とはなにか。「錯視は知覚におけるただの間違いをおもしろおかしく集めたものにすぎず、錯視なんてカテゴリーはでっち上げ」なのか? あるいは、「錯視はただの間違いではなく、何か正しい視覚のメカニズムがあって、その副産物」なのか? ここでは後者を指示する考え方を「機能的錯視観」と呼ぶことにする。


▶機能的錯視観として古くから知られるものとして、幾何学的錯視の遠近法説がある。対象が遠くにあると知覚されるとその網膜像は大きく見え、近くにあると知覚されると小さく見えるという考え方である。大きさの恒常性の副産物という考え方である。


「でっカー ベタ踏み坂隠し」

手前のクルマをコピペして奥に置くと、大きく見える。

Copyright Aliyoshi Kitaoka 2017 (October 3)


ポンゾ錯視


ミュラー=リヤー錯視


「高松市美術館の錯視」

網膜像としては、右のこちらに凸の隅の高さは左の奥まった隅の高さの2倍程度に見える(上図)が、実際には2倍以上(2.67倍)ある(下図)。

Copyright Aliyoshi Kitaoka 2011 (January 20)

http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/takamatsushi-bijutsukan2011.html


大きさの恒常性のデモ

Copyright Aliyoshi Kitaoka 2020 (November 12)


▶いわゆる遠近法錯視が大きさの恒常性の副産物であるかどうかはここでは留保するとして、以下に、いくつかの錯視は恒常性の副産物と考えられることを示す。


「明るさの恒常性のデモ」

左は白い髪、右は灰色の髪に見えるが、物理的には同じ明るさである。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2017 (February 5)


「白と黒」

左の絵の髪と服は白く見え、右の絵では黒く見えるが、同じ輝度の灰色である。左は乗算的色変換(透明変換)、右は加算的色変換(半透明変換)。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2018 (May 20)


「RGBで白と黒」

左の絵の髪と服は白く見え、右の絵では黒く見えるが、同じRGBの縞模様である。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2016 (August 15)


「明るさの恒常性のデモ図(偽物の白帯と黒帯を用いて)」

左の電車の帯は白く見え、右の電車の帯は黒く見えるが、同じ灰色である。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2020 (September 5)


明るさの対比現象(simultaneous brightness contrast)

左右の小さい正方形は同じ明るさであるが、左の正方形は右のものより明るく見える。



明るさの対比と明るさの恒常性の連続性

Copyright Aliyoshi Kitaoka 2020 (November 12)


▶筆者は、明るさの対比錯視は明るさの恒常性の副産物であると考える。


色の対比現象

小さい正方形は同じ灰色(R127, G127, B127)が、それぞれ色づいて見える。


「目の色の恒常性錯視 2020」

上列は、左から目の色は、赤、緑、青、下列は、左から水色(シアン)、赤紫(マゼンタ)、黄(イエロー)に見えるが、ほぼ同じ灰色である。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2020 (November 12)


色の対比と色の恒常性の連続性

Copyright Aliyoshi Kitaoka 2013 (October 28)


▶筆者は、色の対比錯視は色の恒常性の副産物であると考える。


「レッドサンダー」

画素はシアン色なのだが、機関車の車体は赤く見える。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2020 (January 13)


「青い客車」

客車は彩度の高い青色に見えるが、画素は彩度の低い黄緑色である。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2020 (November 12)


「金閣の庭園の紅葉・この時、金閣は修理中」

紅葉は赤く見えるが、各画素は赤ではない。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2020 (November 13)

オリジナルの写真↓


▶色の恒常性(color constancy)というと、上記の錯視デモのように、「見た瞬間に元の色がわかる」こと(色の錯視)を指す場合と、「照明に少し色みがあっても、しばらくすると慣れてきて、白は白に見えるようになる」こと(色への順応)を指す場合がある。本講演では、前者を取り扱っている。


▶色の恒常性の刺激図形には、少なくとも2種類ある。乗算的色変換(multiplicative color change あるいは 透明変換)あるいは加算的色変換(additive color change: 半透明変換)である。後者は色の錯視を作りやすい。


乗算的色変換


加算的色変換


The hypothesis of "histogram equalization" proposed by Shapiro et al. (2018) can explain these phenomena.

▶ヒストグラム均等化仮説:自然な画像は、すべての画素を調べると、RGB値それぞれ0~255(0%~100%)の全範囲に分布すると仮定する。視覚系は、この点で偏りのある画像が入力されると、それは何らかの要因で信号の分布が圧縮されたものと解釈し、RGB値それぞれが全範囲に分布するように引き伸ばされたものを知覚する。(RGB表色系はカラーディスプレーの規格であって、ヒトの視覚系の表色系と同じとは言えないという問題はある)

Shapiro, A., Hedjar, L., Dixon, E., and Kitaoka, A. (2018). Kitaoka's tomato: Two simple explanations based on information in the stimulus. i-Perception, 9(1), January-February, 1-9. PDF (open access)


Multiplicative color change (standard filtering, e.g. use of a color filter) 

multiplicative color change↓  ↑histogram equalization


Additive color change (alpha blending)

additive color change↓  ↑histogram equalization


▶乗算的色変換も、加算的色変換も、ヒストグラム均等化の逆変換「ヒストグラム圧縮」(histogram compression)である。


additive color change↓  ↑histogram equalization


▶乗算的色変換でも加算的色変換でもない自由なヒストグラム圧縮によって、色の錯視を作ることができる(色の恒常性は機能する)。


histogram compression↓  ↑histogram equalization



電車は青く見えるが、画素の色相は黄色である。


▶静脈は青く見える錯視は、「もともと血管部分が青い画像がヒストグラム圧縮によって皮膚の画像となった」と視覚系が判断(誤認)し、ヒストグラム均等化によって「青」を知覚することで成立する、と説明することができる。


histogram equalization↓  ↑histogram compression


静脈が青く見える錯視
Vein color illusion

Veins appear to be bluish, though the pixels are not.


「静脈錯視:腕」

この手の青く浮き出て見える静脈は物理的には青くなく、彩度の低いオレンジ色であった。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2014 (April 24)

Thanks to MK for your tremendous contribution!



「静脈錯視:腕 2」

青白く撮れた写真の場合でも、この手の青く浮き出て見える静脈は物理的には青くなく、彩度の低い黄色かオレンジ色であった。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2014 (April 24)


Copyright Akiyoshi Kitaoka 2017 (January 24)



▶ランドの二色法*も、同様にヒストグラム均等化説で説明できる。

*Edwin H. Land, E. H. (1959). Color vision and the natural image Part II. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 45(4), 636–644.


Two-color method (Land's method)

color change with the two-color method (Land's method)↓

histogram equalization↓  ↑multiplicative color change


How to make an image with the two-color method (Land's method)

In image E, the tram appears to be bluish, though all the pixels are reddish.


To some, this train looks blue; to others, it looks achromatic. pic.twitter.com/JloGUcllOK

— Akiyoshi Kitaoka (@AkiyoshiKitaoka) November 14, 2020

▶台形は奥行き方向に傾いた長方形に見える(楕円は奥行き方向に傾いた円に見える)現象を、形の恒常性(shape constancy)という。奥行き知覚の有力な手掛かりである。







ネッカーの立方体


エイムズの部屋(Ames room)



この坂道はかなりの急勾配に見えるが、6.1%(3.49゜)の勾配である。

Copyright Akiyoshi Kitaoka 2017 (September 8) 大根島より望遠レンズで撮影。カメラは、NIKON P900。撮影日は 2017年9月8日(金)。以下同様。



みんな撮る撮る。




▶ここまでのことをまとめると、錯視のいくつかは恒常性の副産物と考えてよいかもしれない。すなわち、錯視は単なる知覚の誤りではなく、機能的な視覚のメカニズムの副産物と考えることができる(機能的錯視観)。


▶もちろん、知覚の誤り、あるいは知覚の限界によると考えられる錯視もある。たとえば、知覚時間の差による静止画が動いて見える錯視は、その例である。


図を動かすと、ハートが周囲より遅れて動いて見える。輝度コントラストが低く、輝度が低いところは、輝度コントラストが高く、輝度が高いところよりも知覚されるまでの時間(潜時・反応時間)が長いことによると考えられる。

Kitaoka, A. and Ashida, H. (2007). A variant of the anomalous motion illusion based upon contrast and visual latency. Perception, 36, 1019-1035.


▶そのほか、機能的なものなのか、そうでないのか、未だによくわからない錯視も多い。たとえば、フレーザー・ウィルコックス錯視系統の静止画が動いて見える錯視(たとえば、下記の「蛇の回転」)が運動視においてどのような位置にあるのか、未だ見えてこない。


作品「蛇の回転」・・・円盤はひとりでに回転して見える。


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